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ごーちゃんの乗車船録

僕が電車や船に乗った記録、ただそれだけです。

ご飯

今まで、生きるのに辛くなったら、めんどくさくなったら死ねばいいじゃんとか思ってたんだけど。

 

特殊清掃

特殊清掃

 

これを読んだのね。特殊清掃ってのは、人が死んだ後の血や液体が固まったネチャネチャしたものを片付けるお仕事。著者はこの業界で20年くらいやってきたベテランさん。

この本によると、トイレの中で死んで数週間すると、床から5センチくらい腐敗泥でいっぱいになるらしいよ。

そんなん読んだら自殺なんてもうできないじゃん。頭ん中で自分の体がぐちゃぐちゃになってる光景を想像すると吐き気がしてさ。死んで成仏できないまま、自分の肉体の一部が業者に片付けられてくのを何もできず空から(?)見届けるなんて嫌なの。

やっぱキレイなままの姿で焼かれたいじゃん。そりゃさ、すぐ発見されるような形で自殺をすれば比較的キレイな状態で見つかるとは思うよ。例えば法経東館の最上階から飛び降りるとか。でもそれでもさ、血とか内蔵とか軽く飛び出ちゃうかもしれないしさ。見つけちゃった人はPTSD待ったなしだし。

あーでも、車の中での練炭自殺はある意味すごく綺麗なのかな。特殊清掃業者にとっては仕事がしやすそう。でも焼けただれた自分を空から見るのもやっぱ嫌かなー。

 

俺って今んとこ存在価値ないから、せめて死に際でも存在価値を見い出して欲しくて臓器移植提供カードを高校生くらいの頃からずっと携帯してるんだけど、自殺してどれくらい経ったら臓器って使い物にならなくなるんかな。その僅かな時間帯の間に発見されることなんて稀なんだろうね。検死とかもあるだろうし…。

でも自殺するときってそんなテクニカルなこと考えていられないよね。というかそれ以前に、人為的に脳死状態に持ってくのはどうやら難しいらしい。なんだよ、俺今まで臓器移植提供カードを心の拠り所にしてきたのに。

 

ところで

「僕が三番目に寝た女の子は、僕のペニスのことを『あなたのレーゾン・デートゥル』と呼んだ」って村上春樹の小説にあって、今までそういうの軽蔑してきたんだけどさ。改めて考えると

「僕の臓器のことを『あなたのレーゾン・デートゥル』と呼んだ」 よりかなりマシだね。まぁそんなことはどうでもいい。

 

無縁社会の問題って、医療とか介護とかにスポットが当てられがちだけど「死」そのものの無縁化を問題にする記事ってあんまないよね。死が無縁化することで、周りの人も死を主体的に考える機会が失われてしまってるんじゃないかな。死を主体的に考えることは生を主体的に考えることとだと思う。俺はこの本を読んで初めて自分の生に意識を持ち始めた。人は一人で生きていけないんだなーっていう、まあ言ってみれば当たり前のことも含めてね。まぁ、今までクソみたいな人生送ってきたからもう挽回なんて無理なんだろうけどさー。とりあえず臓器以外のレゾンデートルを見つけていくとこから始めていきたい。