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ごーちゃんの乗車船録

僕が電車や船に乗った記録、ただそれだけです。

タテ社会の人間関係 3章~5章

3章「タテ」組織による序列の発達

伝統的に日本では「誰でもやればできる」という能力平等観が根強く存在している。タテ社会はこの前提の元に生まれた。タテ社会集団は場の共有で成り立ち、資格の有無を考慮しないから、組織化する際の分類方法が序列しかなく、序列偏重に陥りがちである。よってタテ社会内では同僚、つまりヨコに立つ者との連帯意識が非常に弱く、上下関係の絆は非常に強い。

(※日本に実力主義が浸透しなかった理由:チベットにおける実力主義は仏教文化とともにインドから直接もたらされたものだが、日本へは中国を通って間接的に輸入された―つまり「形式」しか輸入されなかった。実力主義は根本的には対人関係のあり方であるため「直接的接触」でなければ社会構造を変革するまでには至らねnない、と著者は考える)

 

4章「タテ」組織による全体像の構成

このような構造による社会の全体像は、企業別、学校別といったverticalなもの。よって闘争が起こるのは、資本家ー労働者などタテの関係でなく、horizontalな位置―「ヨコ」に立つ者との間である(日本の労組闘争は、枠社会ー運命共同体ーであるはずの企業内で経営者と労働者が対立しているー単にエモーショナルな親子喧嘩の様相を呈している)。

この日本的イデオロギーの底に、人間平等主義があり、これは能力平等観と密接に関係している。だが実際に能力差は存在し、損な立場に立たされている人もいる。人々は彼らのことを見て、人間平等観から「格差はなくなるべし」と口では言うが行動は伴わない、ぬるま湯的道徳に浸っている。

一方、平等主義は人々に絶えざる努力を促す長所もある。「タテ」のリンクは、上昇するための梯子となっているのである。こういったタテ社会において、下層に留まるということは没落者を意味し、惨めな生活を送ることになるため、上昇意識も必然的に高くなる。実際、日本社会のモビリティは高かった(栄枯盛衰が激しかった)。このお蔭で日本は急成長を遂げることができた。一方インドでは、下層カーストは上層に這い上がる術がなく(逆もない)、同層同志(ネットワーク)の連帯感もあるため心理的に惨めではない。

良いことばかりではない。タテ社会における産業構造は「なんでも屋」つまり「ヨコ」の対立による反分業主義によりワンセット主義に陥り、過当競争が助長されるため国家的な損失が生ずる。

 

5章 集団の構造的特色

タテ社会の構造:底がなく下に開放されている。頂点がリーダーであり、リーダーによって繋がっている。個々の人間関係がそのまま、集団組織の在り方を決定する。

長所:情報の伝達速度が速い。枝がエモーショナルな繋がりなので、理想的に機能した場合の結集力、動員力には目を見張るものがある。

短所:リーダーの交代が困難。サブグループ同士はヨコの位置にあるので、対立しやすく、リーダーが不在になるとグループ崩壊の危険性。というか、それぞれの枝はエモーショナルな繋がりなので、常に崩壊の危険性を孕んでいる。

  

一方「ヨコ」社会はルール(条件)によって繋がっている。排他的だが安定。